読後感想文〜書評show〜

フィクション大好き!こよなく本を愛するLULUがありのまま、感じたままに本を紹介します。好きな作家は、吉田修一さん、津村記久子さん。

2015年08月

芥川章を受賞した羽田圭介さんの作品。受賞作を読む前に、それ以前の「盗まれた顔」を読んでみました。

白戸は、東京の街をひたすら歩き回り、記憶した手配中の犯人を探すという「見当たり捜査」をする課に配属されて五年。美人で「見当たり」に卓越した才能を発揮する安藤、長身でスランプ中の谷とともにチームを組んでいた。
約500人の手配写真を日々見つめ、頭の中に叩き込んでいる白戸だったが、このゴールの見えない雲をつかむような捜査にしだいに感覚を蝕まれ、自分が見つめる先にいる「見覚えのある顔」がいつ記憶したものなのかわからなくなっていた。

この「見当たり捜査」というあまり脚光を浴びない、非常に地味な捜査方法。それを丁寧に描き出している羽田さんの筆力に驚きました。
毎日毎日、 東京の街をうろうろしながら人の顔を確認し、記憶の中の手配写真との照合をしている捜査員がいる。ともすれば数ヶ月も誰とも遭遇しない可能性があり、本当に出会っていないのか、見落としているだけのか、誰からも指摘されないという孤独な仕事。
過酷にもそこに配属され、才能ある後輩からの突き上げを感じながら、淡々と日々を消耗していく男の、顔に対する異常なまでのこだわりが匂ってきます。

公私の区別さえも甘くなり、かつての記憶を目の前に突きつけられたとき、白戸はどうするのか。

地味な捜査ゆえ、華々しい抑揚はないものの、 じっとりと描く繰り返しの描写がこの作品の大きな特徴を深く印象付けてくれました。

芥川賞受賞作品も、読んでみたくなりました。

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津村記久子著「ワーカーズ・ダイジェスト」を読みました。

津村さんの魅力満載の本作。何気ない男女の日常を絶妙な距離感で描き出します。

奈加子は大阪のデザイン事務所で働く傍らで、副業としてライターの仕事をしている。重信は東京の建設会社に勤めるサラリーマンで、一人暮らしの生活に疲れを覚えつつも日々を何とか暮らしている。
そんな2人がある日、双方の会社の代理人として顔を合わせることになり、 名字が同じ佐藤であること、そして同い歳で同じ誕生日であることがわかり、それぞれの生活の中で折に触れて「同い年の佐藤さん」を思い出すことになる。

 毎日、瑣末な悩み事や大きな問題に惑わされながら、日々を暮らしていて、時には疲れてしまったり、怒ってしまったり、そんな中にもささやかな楽しみを見出している平凡な男女。
その一年を通して、奈加子の愚痴にも重信の疲労にも同感なところがありつつ、何となく2人がうまくいかないかなぁなんてふと思ってしまう空気感にやられました。ラストシーンのほっとする感じがこれまた良くて、30をいくつか過ぎたという微妙な年頃の、宙ぶらりんな立場や悩みや苛立ちに、どうやって立ち向かっていくのか、という"答え"よりもただそこに寄り添って「こういうこともあるさ」と言われている感じがします。

文庫本には、尊敬する先輩が「大変なことになっているらしい」という曖昧な情報をもとに、右往左往してしまう男女のささやかな抵抗のお話、「オノウエさんの不在」も収録されています。

そしてそして!!!巻末の解説は何とこれまた大好きな益田ミリさんの漫画!
表紙デザインは名久井さん、とスペシャルな本なのでありました。これで420円!!本って素晴らしい。

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奥田英朗著「家日和」と「我が家の問題」を読みました。

どちらも、「家族」がテーマの短編集で、「家日和」はいつもの日常の中に投じられたちょっとした事件をきっかけに、希望を見出した人たちのお話。
中でも面白かったが「ここが青山」というお話。

裕輔はある日、勤める会社の朝礼で突然倒産したことを知らされる。それを聞いた妻厚子は、妊娠を機に退職した会社に復帰することになり、夫婦逆転の生活がいきなりスタートした。周囲からは、心配や同情の声が寄せられたが、これまで全くタッチしてこなかった「家事」という任務に徐々にやりがいを感じるようになる裕輔。 
不幸な出来事が一転、子供を家を守るという目標に向かいそれぞれに適所に身を置くことになった夫婦の物語。

裕輔が家事にやりがいを見出し、周囲の同情を戸惑いながら受け止める姿がユーモアたっぷりに描かれていました。こんな事件なら、起こってもいいかな。
文庫本「家日和」には、巻末に益田ミリさんのエッセイ漫画が載っていて豪華!!!感激しました。


いっぽう「我が家の問題」では、ちょっとした問題が起こった家族のお話。
家族それぞれに、それぞれのパターンや決まりごと、ルールがあって、それは他の家族には当てはまらない、そんなことを見事に描いたお話です。

一人が長かったため、結婚した途端に妻という女と毎日を過ごすことになり、あれこれ世話を焼かれることに鬱陶しさを感じ始めた夫。
ふとした瞬間に夫の、会社での軽い扱われ方を知った妻。
母親は離婚したいのかもしれない、両親の秘密をふと知ってしまった娘。
突然UFOと交信していると言い出した夫。
遠く離れたお互いの実家に、夏休みのほとんどを使って順に里帰りすることになった新婚夫婦。
そして、趣味としてマラソンを始め、徐々にその距離を伸ばしていくようになった妻。

それぞれにパトーナーあるいは親に対して、あれこれと悪い空想を巡らせては落ち込み、確かめようとするもためらい、悶々と日々を過ごす。
他に確かめたくてもその違いに悩み、言えないと悩み、悩みの渦中にいる人の 辛い心のうちが丁寧に描かれています。

とくに、お互いの実家に帰ることになった新婚夫婦の、それぞれの想いに興味をそそられた「里帰り」。なるほど、そんなふうに考えたこともなかったな〜と周囲の反応ともあわせて楽しく読みました。こちらは最後には希望の光が見えてくるのです。

短編なので非常に読みやすく、あっという間に読了。あいからず奥田さんの女性の気持ちの描写に感動。なぜにあんなふうに事細かにわかってしまうのかなぁ。
 

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