トップを飾るのは、吉田修一さん。すごく好きな作家さんです


〜ストーリー〜
八王子である夫婦が惨殺された。犯人とおぼしき青年は夫婦を殺した挙げ句にその家に居座り、六時間余りを冷蔵庫を漁り、シャワーを浴びるなどして過ごした後に逃走した。
犯人は山神一成。身元は判明するも、有力な目撃情報は出ずやがて彼が整形で顔を変えていることが判明する。テレビの公開捜査も利用して山神の足取りを追い、寄せられた情報を一つずつ潰していく北見と南條。
あらゆる街や都会の片隅、海沿いの田舎街に過ごす身元不明な男たちを通じ、周囲にいる人々の心の揺れ、信じるという言葉の本当の意味は何なのかを問う。


ある女は、これまでの自分の不幸な境遇ゆえに幸せには消極的で、今隣にいる男が訳ありだとわかっていながら、信じたい、信じさせて欲しいと必死で祈る。
ある少年は、なぜかウマが合う放浪者のような男と急速に距離を縮めていく。友達であり兄でもあるような男。自分のふがいなさを告白したのもその男にだけ。
そしてあるゲイの青年は、偶然出逢った男に惹かれ、これまでになかったような安らぎを手に入れることになる。初めて、この男とならば信じ合えると思ったはずだったのに、ふとした疑念がやがて確信に変わっていく。

八王子の事件を軸に、さまざまな街で暮らす人々とそこに流れ着いた正体不明の男を通じ、この人は良い人だと評価し、自分の信頼を捧げられる瞬間、やがてそれを一気に失う瞬間を描いたストーリー。
事件を追う北見刑事もまた、信じたい相手の頑な態度に混乱してくる。

吉田さんの決して派手ではなく、ひたひたと頭の中や気持ちのヒダにしみ込んでいつまでもとどまっているようなねっとりとしたストーリーに最後まで引き込まれました。
途中何度も「もしかしてこの男が山神なのではないか」と思い、でもやっぱり違うだろう、そんなわけがない、と打ち消してはまた疑惑が生じ、この中の登場人物さながらに思いをめぐらせました。
人が人を信用する、信じる、裏切りに憤る・・・この人との結びつきの根幹とも言える部分を、吉田さんがじっくりとあぶり出すストーリー展開。何が何に怒りを感じるのか、何のための怒りなのか。最後まで読み終えると、その「怒り」という文字が様々な意味を持って目の前に現れます。

事件の解明というよりは、自分の内側にもある表裏一体の気持ち。信じているのに、どこかでは裏切られるのではと思えてくる。その揺れはまさに人と人とのコミュニケーションにはつきまとうものではないでしょうか。
 
上巻では思わず涙がどっと溢れたシーンがあり、下巻でもじんわり涙する瞬間のある、読み応え充分の作品でした。
ああ、読み終わっちゃった・・・吉田さんの作品は先が気になるのにいつまでも読んでいたい、そんな風に思えてくるから不思議です。