綾瀬まる著「朝が来るまでそばにいる」を読みました。

短編からなる本作。日常の中でふっと触れてしまう、不思議な空間、生き物。
ある人は疲れた体を労ってくれる真っ黒な鳥、ある人は亡くした妻から差し出される奇妙な食事、ある人は夢で見た甘美な光景。

日々暮らしていく中で、どうにも現実と折り合わずずれてしまう部分があり、それが何らかの形でふっと自分を取り込んでいく。そう言った現象に足を踏み入れた人たちが、どのようにして、うまく折り合い、離脱していくのか。

私が一番好きだったのは、「眼が開くとき」というストーリー。
子供の頃の強烈な思い出を脳裏に焼き付けた少女は、ほのかに恋心を抱いていた相手と久しぶりに、撮る側、撮られる側として再会する。 彼女は夢の中にそっと置いてあった気持ちを取り出し、確かめるように彼の魅力を引き出して行き、その世界観は世間に認知されていく。
彼女は才能があったというよりは、自分の気持ちに正直になっただけ。その結末はあまりにも呆気なく、空っぽなのだった。
女のどうしようもないわがままを、とてもストレートにエロティックに描いた作品。何となくわかるという人、いるんじゃないかなぁ。

人が誰かに伝えたいことがあると思ったとき、どんな風に伝えるか、何を選ぶのか、それは様々だと思う。ただ「こうするしかなかった」という時、受け取る側はどうすればいいのか。永遠の課題ではないだろうか。

無数に浮遊している気持ちや心残り、無念や愛情、そう言ったものは流れているのではなくて、迷い漂い、旋回しているのかもしれません。もしかして自分の気持ちも、自分を思う気持ちも、同じではない質量でプカプカ浮かんでそれとともに生きていくのかも。

現世という場所に止まらない、スケールの大きなお話でした。
後悔のカプセルを抱えたまま、肉体だけが消え失せるのはきっと辛いだろうから、今を未来を後悔なく生きて行こう、そんな風に思えました。


朝が来るまでそばにいる
彩瀬 まる
新潮社
2016-09-21