貫井徳郎著「愚行録」を読みました。

愚行録 (創元推理文庫)
貫井 徳郎
東京創元社
2012-10-25



インタビュー形式で語られる本作。
内容は、一年前自宅で惨殺された一家について。犯人は幼い子供二人と夫婦を次々に手にかけ、相当浴びた返り血をその家の風呂場で洗い流した後に着替えを持って逃走していた。犯人についての特定は難航し、何人もの記者やライターが事件について調べている。インタビューに答える人々は、理想的と報道された幸福な一家を知るものたち。
ある人は学生時代の夫について語り、ある人はママ友である妻を語る。 その中から浮かびあがる夫婦の姿。誰が犯人なのか、そして誰にもある裏の顔が見え隠れする時、ニュースで語られない理想的な家族の真実とは。


夫は早稲田を卒業し、大手不動産会社で働くスマートな男。妻は慶応を卒業し、美しい容姿に穏やかな性格、と絵に描いたようなお嬢様。裕福な美男美女が東京23区内に新築の一戸建てを購入し、まさに幸福で理想的な生活を手に入れた。そこに忍び寄る残忍な殺人者。
全てを奪われた夫婦は、さらりと表面を撫でただけでは語られない様々な過去を持っていた。

誰しも持っているような他愛のないエピソードではあるけれど、虚栄心とプライドにまみれた男と女の姿がくっきりと浮かび上がってきて、冒頭から語られる言葉の一つ一つが徐々に深い意味を持ってくると言う、新しい形のサスペンスでした。
噂話程度の話ではあるのだけれど、それぞれに微妙に含みを持ち、あるいはかなり利己的な分析によって右往左往する夫婦それぞれの姿が、やがて真相に迫っていくと言う読み出したら止まらないストーリー展開でした。

その合間に挟まれる「いもうと」と言う立場の独白。これが絶妙なバランスで物語の中心を走っていきます。この人は誰だろう、どこにどう絡んでくるのか。誰のいもうとなのか。

そして最後に、冒頭の文章から一本の道筋がさっと引かれていくのです。

知ってしまえば何てことないストーリーではあるのですが、そこに渦巻くそれぞれの意識やプライド、偏見、生い立ち、そう言ったものが複雑に絡み合って人格が形成されていくのだ、と妙な感慨が残りました。自分が残してきた足跡は、後に語られるとどんな物語になるのか。人の口から語られるものほど、曖昧で不確かなものはない。ただ、そこに自分たちは日々生きているのだ。そんなことを考えさせられる、興味深い作品でした。

映画は2/18に公開。あんまりセンセーショナルでなくて、静かに物語に入って行きたいな・・・