読後感想文〜書評show〜

フィクション大好き!こよなく本を愛するLULUがありのまま、感じたままに本を紹介します。好きな作家は、吉田修一さん、津村記久子さん。

綾瀬まる著「朝が来るまでそばにいる」を読みました。

短編からなる本作。日常の中でふっと触れてしまう、不思議な空間、生き物。
ある人は疲れた体を労ってくれる真っ黒な鳥、ある人は亡くした妻から差し出される奇妙な食事、ある人は夢で見た甘美な光景。

日々暮らしていく中で、どうにも現実と折り合わずずれてしまう部分があり、それが何らかの形でふっと自分を取り込んでいく。そう言った現象に足を踏み入れた人たちが、どのようにして、うまく折り合い、離脱していくのか。

私が一番好きだったのは、「眼が開くとき」というストーリー。
子供の頃の強烈な思い出を脳裏に焼き付けた少女は、ほのかに恋心を抱いていた相手と久しぶりに、撮る側、撮られる側として再会する。 彼女は夢の中にそっと置いてあった気持ちを取り出し、確かめるように彼の魅力を引き出して行き、その世界観は世間に認知されていく。
彼女は才能があったというよりは、自分の気持ちに正直になっただけ。その結末はあまりにも呆気なく、空っぽなのだった。
女のどうしようもないわがままを、とてもストレートにエロティックに描いた作品。何となくわかるという人、いるんじゃないかなぁ。

人が誰かに伝えたいことがあると思ったとき、どんな風に伝えるか、何を選ぶのか、それは様々だと思う。ただ「こうするしかなかった」という時、受け取る側はどうすればいいのか。永遠の課題ではないだろうか。

無数に浮遊している気持ちや心残り、無念や愛情、そう言ったものは流れているのではなくて、迷い漂い、旋回しているのかもしれません。もしかして自分の気持ちも、自分を思う気持ちも、同じではない質量でプカプカ浮かんでそれとともに生きていくのかも。

現世という場所に止まらない、スケールの大きなお話でした。
後悔のカプセルを抱えたまま、肉体だけが消え失せるのはきっと辛いだろうから、今を未来を後悔なく生きて行こう、そんな風に思えました。


朝が来るまでそばにいる
彩瀬 まる
新潮社
2016-09-21

 

越智月子著「お願い離れて、少しだけ。」を読みました。

母と娘、そこになぜか父親は不在で、お互いがお互いを必要としているのになぜか近すぎて、時には遠すぎてイライラしてうまくいかない。そんな女同士の人間関係を様々な形であぶり出す本作。

人1人の胸の内など、到底他人に分かるはずもなく、それは母と娘であっても同じ。誰かにとって辛いことは誰かにとっては快感だったりもする。
その一番近い関係性である家族、母娘。

母性というものが世の中に存在するとしても、どうも自分には実感として伝わってこない。
愛された記憶がない、愛し方がわからない。でも認めて欲しい。
あって当然と思われている母性の意外な落とし穴がここには込められています。

確かに、母親からは無二の愛情を注がれて当然という風潮はあるように思う。それが父親であれば少しぐらい子供っぽいところがあってもしょうがないで済まされる、けれど母親は違う。
自分の中に子を宿し、その手の中に抱いた時から無償の愛を注ぐことを当然とされる。それに戸惑い、求め、そして落胆する女たち。

そう、母親であろうと娘であろうと、そこには1人の人間としてのそれぞれの意思がある。心がある。

それを忘れてしまうと、苦しめて求めすぎて疲れてしまうのかもしれない。

私には与える愛情の行き先を結局作れなかったけれど、過去に母親に対して少なからず反抗心のようなものが湧き上がった記憶があり、それが何に起因するのかよくわからないままではある。
でもそれが単なる成長の過程であったと信じたい・・・と今更に思う。

母娘関係に悩んでいる方には、少し気持ちが楽になるかもしれません。決してスッキリと解決するわけではないのだけれど、世間の呪縛からはほんの少し離れられる・・・かも。



 

三浦しをん著「あの家に暮らす四人の女」を読みました。

谷崎潤一郎の描く「細雪」を現代版にしたという本作。
名前の一部を、細雪に登場する四姉妹に見立て、母・娘そして娘の知人である2人の女性の合わせて4人の女たちの暮らしを描いています。

父親の顔を知らずに育った刺繍作家の娘、お嬢さん気質が抜けずにちょっと浮世離れしている母親、そしてしっかりものの女と、どこか天然でストーカーにつきまとわれたことから避難してやってきた女と、一つ屋根の下で暮らすことになった、家族ではないけれど家族みたいな女たち。
そこに、離れで暮らしている用心棒のような老人を含め、疑似家族のような関係性でお互いに少しずつ頼りにしながら生きている。

こういうシェアハウスってこの先どんどん当たり前になっていくのかもしれません。
結婚したから、血縁関係だから、そんな従来の繋がりではなくて、束の間かもしれないし、もしかしてずっと続くかもしれない、あまり過干渉になりすぎず、でもみんながみんなを適度の距離感で気遣い心配する。
家族という関係が小さく、少なくなっているからこそ、成立する新しい形なのかもしれません。

三浦しをんさんのお話は、どこかファンタジックで、でもちゃんと自分の世界を持っている人を実にさりげなく、格好つけずに描いています。
独特の言い回しも職人っぽくて、読んでいると教科書の中の物語に出会ったような居住まいを正す文章に出会えて新鮮。ちゃんと物語がそこにある、そういう雰囲気があります。
語られる文章が、誰にも偏っていなくてそれがとても不思議だったのですが、途中でその謎が解けます。なかなか洒落た仕掛けで、それもこのお話の魅力なのでしょう。

そう言えば少し前に小学生の姪っ子ちゃんが将来仲良しの友達と2人で暮らすんだよ、と未来像を話してくれた。「いざ彼氏ができたら、女同士で一緒に住もうね、なんて話は忘れるんだろうなー」なんて意地悪なおばさんは思ったけれど(笑)、案外そういう約束が成立する世の中なのかも・・・しれない。




あの家に暮らす四人の女
三浦 しをん
中央公論新社
2015-07-09

 

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